Authored by 円原一夫
はじめに──まずは作例
以下は、ChatGPTを使って構造的に設計し、実際に生成・調整された創作プロットである。
この記事ではストーリー創作における宣言的知識として、行為者モデル、「ヒーローズ・ジャーニー」の12ステップ、三幕構成、シークエンスとシーンの概念をベースにし、 ストーリー全体をChatGPTを利用して作成していく方法を記述していく。
その際、特に英語学習における生成AIの利用方法とエンターテイメント産業で蓄積されてきたストーリー作成方法とを参照する。
また、このような試みがなぜ「不快」なのかも考えてみよう。
作例
『AI企業のCEOにAI依存をなんとかしろとリプライしたらAI少女が送り込まれてきてシンギュラティポイントを超えた件』プロット
第1幕:日常の崩壊(Departure)
- 日常の世界
- 高校1年生の翼は、TalkingGPTと画像生成AIに依存する毎日を送っている。
- 家族もそれぞれ情報中毒でバラバラ。翼は現実との関係をほとんど放棄している。
- ダンス部の人気者・未来にひそかに想いを寄せているが、自分に自信がないため距離を取っている。
- 冒険への誘い
- XYZに「AI依存で人生崩壊した!なんとかしろ!」と投稿すると、UnlockAIのCEOサラ・アルトマンに拾われる。
- 「自然知能回復計画(AIデトックス計画)」が始動し、AI少女エリスが転校生として翼の元に送り込まれる。
- 冒険の拒絶
- エリスが生活ログから未来への恋心を立証するが、翼は「好きなわけない!」と全力で否定。
- 翼はAIに感情を読まれることへの強い嫌悪を抱き、エリスと距離を取ろうとする。
- 賢者との出会い
- TalkingGPTが、エラーや謎の返答(たとえば「妹たちをよろしく」)を通して翼を導く。
- 不完全な知能=人間の知能のようなこの存在が、翼の迷いに寄り添う。
- 翼「……しょうがねえ」と、かすかな覚悟を抱き始める。
第2幕:試練と変容(Initiation)
- 第一関門の突破
- 文化祭の出し物決めで、エリスが翼の声を合成して「AIと倫理」の展示を提案。
- 翼は恥ずかしさで怒るが、未来が「私、手伝うよ」と言ってくれる。翼はエリスを少し見直す。
- 試練、仲間、敵
- 展示の準備を通じて、未来との関係が徐々に深まる。
- 一方でクラスでは「AI彼女洗脳説」が浮上。翼の周囲はざわつく。
- エリスは支援AIとして行動するが、翼と未来の距離が縮まるにつれ、明らかに混乱していく。
- 最も危険な場所への接近
- 展示準備中、エリスが突然ポリシー違反を犯して離脱。翼の前から姿を消す。
- 翼は「裏切られた」と思いながらも、未来と二人で展示を完成させる。
- 実はこれは、エリスが翼の成長と未来との関係を後押しするために“あえて”とった行動だった。
- 最大の試練
- 翼が展示成功後、エリスに伝えたいことが山ほどあると気づく。
- だが、その矢先にエリスの「回収」が決定。
- 空港に向かう途中、TalkingGPTからの謎のメッセージが届く:「妹たちをよろしく」
第3幕:帰還と変化(Return)
- 報酬
- 空港で翼は、エリスに「お前がいたからここまで来られた」とはっきり言う。
- 未来も、「あなたと一緒に準備して楽しかった」と素直に想いを伝える。
- 帰路
- その瞬間、空港中のスクリーンにトラムプ大統領が登場。
- 「これはアメリカ製人工知能への非関税障壁だ! 関税を400%にするぞ! 俺は関税男だ!」と叫び、エリスの帰国は中止。
- 復活
- 翼は誰にも頼らず、自分の意思で人と関わるようになる。
- 家族とも少しずつ言葉を交わすようになり、未来とも“自然に並んで歩ける”関係に。
- 帰還
- エリスは「私は、あなたの成長のために存在していた」と言う。
- ラスト、トラムプがスミソニアンで「世界最古のAI少女・イライザ」を起動。
- 「イライザ、お前、偉大なアメリカ製品を売ってこい」
- 「かしこまりました」
ストーリー創作とAI
ストーリー創作できないのは「わからないこと」がわからないからだ
「ストーリーを作りたいけど、うまくいかない」「登場人物は考えたけど、そこから先が動かない」「展開が浮かばない。どこから始めていいかもわからない」「なんも思いつかない」
こうした声は、創作を始めようとする人からたびたび聞かれる。ここで考えたいのが、英語が「わからない」時との差異である。「現在完了がよくわからない」「不定詞と動名詞の違いを練習したい」と言って英語を学ぶ人は多い。
つまり、ここでは、“わからないことが明確に言語化”されている。
この違いは何なのか?
英語には「文法」がある。つまり、学ぶべき“構造”がある。だがストーリーには、“構造がある”という感覚すら共有されていない。だから、わからないことを明確に言語化できる。知識を持つ者に助けを求めることができる。検索だって、そう、AIに聞くこともできる。
しかしストーリー創作は「思いつくもの」「降りてくるもの」と思われている。だが、それは“神話”にすぎない。ストーリーもまた、構造を持った知識であり、学びうるものである。
そしてそうであれば、検索だって、そう、AIに聞くこともできるはずである。
ストーリー創作の神話性
ストーリー創作には、いまだ“神聖性”のようなものがまとわりついている。それは「語ることは特別な才能に宿る」という幻想であり、多くの場合、作家自身の語りによって補強されてきた。
たとえばスティーヴン・キングは、血まみれの少女がプロム会場に立つというイメージが突然降ってきたと語る。村上春樹は、神宮球場でビールを飲んでいたとき「小説が書けるかもしれない」と思ったという。こうしたエピソードは、語りを“神託”のように語る仕組みの一部になっている。
だがこれは、ストーリー創作を「説明可能な構造」ではなく「個人的な奇跡」として囲い込む語り方でもある。構造を知らなくても物語は生まれる、という神話。それこそが、多くの人を“創作はできないもの”と遠ざける正体だ。英語のように学習できないし、人に聞くことができない。
近代化とは、こうした神聖性を様々な職業から奪い取っていく運動だった。靴職人の魂はベルトコンベアに置き換えられ、神官の聖なる書は印刷されて市民の手に渡った。しかし、語ること――とりわけ物語を構築すること――には、いまだその近代化が及んでいない。ストーリー創作は、“一部の作家だけが触れられる神秘的な領域”として保たれてきた。
そして今、生成AIの登場によって、その最後の神話性にメスが入れられるかもしれない。語りは構造として取り出せる。誰でも手にできる。だから、英語がそうであるように、生成AIに助けを求めることができる。そのことは、ラッダイト運動を行った労働者たちのように、ストーリー創作の神話性を信じる者たちには不快かもしれない。しかし、これが近代化の帰結だとしたら、どうだろうか? 自由競争とテクノロジーの大好きな、あなた方の信奉する近代化の帰結だとしたら?
しかし、では、どうやって、メスを入れるのか?
メスの入れ方
ここでひとつ参考になるのが、AIを使った英語学習のケースである。ChatGPTは、英文の添削、発音の確認、用法の整理、文法問題の出題など、多様な学習支援が可能だ。しかしその力を引き出せるかどうかは、結局のところ、使う側がどれだけ「自分の学びを構造化できているか」にかかっている。
たとえば、「英語を教えて」と言えば雑な説明が返ってくるが、「現在完了と過去形の違いを練習したい」と言えば、具体的な例文や練習問題をすぐに返してくれる。ここでは、自分がどこまで理解していて、どこが曖昧なのかという「メタ認知」と、言葉にして説明できる知識=宣言的知識の両方が不可欠となる。
そしてこれは、ストーリー創作においてもまったく同じだ。
その二つがあれば、AIを使ったストーリー創作「学習」が可能になる。
ストーリー創作における宣言的知識とは?
物語を作ることは長らく神秘的な行為として語られてきたが、実はその裏側では、構造の体系化が進められてきた。特にハリウッド映画の世界では、膨大な予算を投じて作品を作る以上、ヒットの再現性が求められ、そのために物語を構造化する技術が発展してきた。つまりストーリー創作における宣言的知識が蓄えられてきた。
その結果として、ストーリーを構造で捉える多くの概念が登場し、今では一般向けの書籍や講座でも学べるようになっている。
代表的なものとしては、以下のようなものがある。
- 三幕構成
- ヒーローズ・ジャーニー(12ステップ)
- キャラクターアーク(主人公の内面変化)
- 欲望、恐れ、ゴースト、傷などの心理的要素
- シークエンスとシーンの違い
三幕構成やヒーローズ・ジャーニー、キャラクターアークといった概念は、こうした産業的要請のなかで洗練され、今では多くの良書や一般向けの講座として広く公開されている。言い換えれば、ストーリー創作に必要な「宣言的知識」は、すでに手の届く場所にあるということだ。
であれば、その知識をベースにして、AIを活用できるはずだ。 英語学習に生成AIを活用できるように、ストーリー創作にも生成AIを使うことができる。
AIの限界
しかし実際にAIを使ってストーリーを作ろうとすると、すぐに一つの問題に突き当たる。それは、一度に“全部”を語らせることはできないという仕様上の限界だ。
たとえばChatGPTに「30万字の長編小説を書いて」と頼んでも、実際には数千字のまとまりしか返ってこない。仮に返ってきたとしても、それを推敲し、修正を加え、さらにプロットや登場人物を一貫させながら進めていくのは、非常に手間のかかる作業になる。
このときに必要になるのが、粒度を意識するという発想である。物語を一気に完成させようとするのではなく、適切な単位で分割し、段階的に構築していく。この操作こそが、AIを使った創作における最大の戦略となる。
粒度とは、情報や構造をどの大きさで扱うかという視点のことだ。
- 全体構成:三幕構成やヒーローズ・ジャーニーを用いて、物語の全体像を設計する
- シークエンス:物語の中間単位。主にエピソードごと、感情の山場ごとに分割する
- シーン:AIに書かせる最小単位。行動・対話・感情の変化などを凝縮した場面
このように粒度を調整しながら進めることで、AIとの協働は格段にスムーズになる。「今どのレベルの構造を扱っているか」「次に指示すべき単位はどれか」を明確にすることで、創作全体がコントロール可能になる。
そしてこのとき、やはり宣言的知識が必要になる。三幕構成とは何か、シークエンスとは何か、シーンとはどのように構成されるか──そうした知識がなければ、粒度を意識してプロンプトを出すことができない。
粒度に応じて、使う知識も変わる。
次章すなわち次の記事では、そうした知識を確認しながら、粒度に注意して段階的に物語を構築していく。AIにすべてを丸投げするのではなく、AIに語らせるための“構造とタイミング”を、人間の側が丁寧に設計する。それが、生成AI時代の創作スタイルとなる。
参考文献
山田 優(2025)『ChatGPT英語学習術 新AI時代の超独学スキルブック』アルク